特別対談「麻雀と仕事力」
藤田理事×水野理事

本協会の理事である藤田晋・サイバーエージェント社長と、水野克己・クレディセゾン社長に「麻雀から学べるビジネスの極意」というテーマで対談をしていただきました。麻雀に求められている5つの能力(後述)が、ビジネス上ではどのように役に立つのか。トップビジネスマンが語る「麻雀とビジネスの共通点」とは?

profile

サイバーエージェント CEO/企業対抗麻雀協会 理事 藤田 晋
1998年 株式会社サイバーエージェント代表取締役
2018年 一般社団法人Mリーグ機構チェアマン
2021年 一般社団法人企業対抗麻雀協会 理事

クレディセゾン 代表取締役/企業対抗麻雀協会 理事 水野 克己
2021年 株式会社クレディセゾン 代表取締役(兼)社長執行役員COO
2021年 一般社団法人企業対抗麻雀協会 理事


――藤田さんがチェアマンを務める麻雀のプロリーグ「Mリーグ」はもちろん、今回、お二人が理事として参加されている企業対抗麻雀協会など、麻雀界の発展のために力を尽くされているお二人から、現在の麻雀界の現状について思う所をお伺いさせてください。

藤田 Mリーグは4年目に入り、順調にファンを増やしていますし、設立当初から目指してきた形にどんどん近づいているな、と感じています。「ABEMA」での中継も順調で、スポンサー企業もじわじわと増えてきた中で思うのですが、Mリーグファンの皆さんってすごくコアなので、ちゃんとスポンサー企業のことも応援してくれているんですよね。協賛企業にちゃんと感謝をしてくれている。これはMリーグファンの誇るべきところであり、ありがたいところです。

水野 うちもMリーグ立ち上げのタイミングで、スポンサーとしてチームを作る話も含めてお声がけいただいたのですが、どちらかと言えばウチの面々は「自分たちで打つ」方が好きなんですよね(笑)。それが今回の「企業対抗麻雀協会」では、既存の企業対抗戦だけでなく、個人戦やプロアマ戦などの開催も視野に入れていて楽しみです。

藤田 企業対抗戦を立ち上げるときも感じたのですが、各企業には強い人はいっぱいいるし、なんなら社長さんに強い人も多いんですよね(笑)。ゴルフなどにも社会人トーナメントが良くありますが、それらに決して負けない、さらにレベルの高い勝負の場が作れるように思っています。麻雀打ちのレベルもマナーも、Mリーグをはじめとする放送対局がいい影響を与えて、ジワジワと上がってきていると思います。

水野 当社もMリーグの参加は見合わせましたが、50代以上を対象にしたWEBサイト「セゾンの暮らし大研究」などで健康麻雀の普及に力を入れるなどの展開も、今後は考えていくつもりです。高齢化社会になっていく中で、麻雀の持っている認知症防止の効果なども注目されていますしね。

――そもそもお二人の麻雀との出会いと、これまでの麻雀とのお付き合いについて伺えますか?

藤田 私は小学校時代に、友人の父親に麻雀を教えられました。実は先日、久しぶりにその方にお会いしたのですが、今、Mリーグを観ていらっしゃるそうです(笑)。

水野 それは凄いですね。その方に麻雀を教わらなかったら、おそらくMリーグはなかったということですね(笑)。

藤田 そうですね(笑)。私はもともと将棋が好きで、県の大会で優勝したりもしていました。ただ、私自身がこれ以上奥深く、将棋の81マスの世界を追求することには、食指が動かなかった感じです。「81マスの世界に深く潜る」より、麻雀のように「多くの事象の中から最適なものを選び続ける」形の方が、性に合っていたのではと。

水野 私も小学校五年生のころ、姉の友人がやっていたのを横で見て覚えたのがスタートです。いつしか一緒に打ち始め、中学・高校のころはずっとやっていましたね。大学時代は周りに打つ人がいなかったのと、新社会人の頃は北海道に赴任してやはり「雀友」がいなかったので、復活したのは28歳くらいのころ、転勤で東京にきてからかな。当社は年始にもう50年位続いている麻雀大会がありまして。そこから林野(会長)と打つようになり、30代前半くらいにはもうドップリでした(笑)。

藤田 最初に水野さんにお会いして打った時には「麻雀の強さが認められて社長になったのかな」と(笑)。

水野 たまに言う人がいますよ。失礼ですよね(笑)。でも、社内や社外での戦い方や、勝ちにこだわる姿勢などは、麻雀から学べる部分はあると思います。やはり確実に時の運、時流に大幅に左右されますが、それでもなんだかんだ努力し続けている人が、実力をつけてトータルでは勝っていく。その辺のバランスが、すごく似ていると思います。

藤田 先ほど「多くの事象の中で最適解を選び続ける」ことにハマったという話をしましたが、麻雀は4人の手牌、相手の捨て牌に加えて、山に伏せられている牌の推測、自分の置かれている状況とか心理状態に至るまで、さまざまな要素を掛け合わせて最適解を導き出す競技ですよね。しかも最適解は、刻一刻と変わっていく。そういうところが結果的に、すごく経営とそっくりなんですよね。

――ちょうど「麻雀とビジネス」の話に進んでいるので、このあたりで本題に。
当協会では麻雀に求められている能力を
「①統計的な判断力」
「②方向性の意思決定力」
「③相手の捨て牌や表情の分析力」
「④放銃を回避するための忍耐力」
「⑤勝負的な決断力」
の5つの要素に分けています。お二人にはこの5つの能力について、麻雀から学べるものがビジネスにどうつながるのか、をお伺いしたいです。
まずは①「統計的な判断力」について。麻雀の考え方の基本である牌効率や期待値、損得計算などは、ビジネスにどのように繋がっていきますか?


水野 単純に数学的・統計的な素養というのは、ビジネスの基本ですよね。

藤田 特にビジネスでは、数字を正確に把握できてないと、本当にシャレにならない過ちを犯してしまう危険がありますからね。

水野 たとえばマーケットの大きさや顧客の数、それに対する売上予測など、見えるものはすべて調べつくすのがビジネスにおいては当然のことです。麻雀の場合は34種136枚という限られた材料を、どう組み合わせて展開していくか。さらに、自分の手に加えて相手の手の傾向を読み、見えている牌の確定情報と、伏せられている牌の不確定情報をミックスして予測する。既存の顧客の動向を調査・把握することに加えて、新規顧客の動きを不確定情報から予測するようなものです。

藤田 一方で、数学者とか研究者くらいに数字に詳しくなっても、それはそれで間違いに繋がりますね。ここも麻雀と同じで、数字だけに特化した思考では問題解決できません。「フワッと数字を把握する能力」が本当に大切なんです。

水野 MBAや経営学の理論も、もちろん参考にしますが、それ以前に適正な判断のためには数学的な素養は不可欠ですよね。

藤田 期待値の考え方を礎にして、押すべきところでは押す、引くべきところでは引く。期待値に関してはビジネスマンでも弱い人が多くて「これは八割がた勝つゲームだ」という状況でも、残り2割が怖くて押せない人もいるんです。数字をベースに判断するスタイルが身についていたら、精神的な支えにもなりますね。ビジネスについても「運だけでやっている」と思っている人も多いですけど、勝つ人は確実に数字をベースに動いています

――②「方向性の意志決定力」について。点棒状況や現在の着順をベースに、配牌とツモからゴールを見据えて決断の連続。ビジネスの現場でも、近い状況がありそうですよね。

水野 私は比較的「序盤は慎重に状況を見極めようとする派」です。その後、中盤から後半にかけて、大局観をもって流れを掴み、勝負所を見極めることを考えますね。経営判断に必要なのも、状況を高所から見極める大局観だと思います。

藤田 配牌を見て方向性を決める力は、起業家的な能力だと思うんです。可能性は追いたいけれど、決して過大評価をしてはいけない。いくつかの可能性の中で、現実の中でもっとも早く、高く和了れる方向性を見出して、全力を尽くす能力が必要。ビジネスにおいても、自分たちの持っている経営資源、人材や経験値、資金に加えて市場環境などを考慮して、最善を選択することが大切。麻雀における「ツキ」とか「流れ」という部分は、市場の成長性などと同じ感覚で、判断に加味されるものに思えます。

水野 そうですね。自社のポジションやマーケットの動静など、自社が置かれた状況を客観的に把握して、次の一手を考える形です。この「自社が置かれた状況」が、麻雀におけるツキや流れのようなものかもしれません。麻雀でツイているときは、他人の和了り牌が避けて通るようなもので、状況的にツキや流れが向いていれば、大抵の事は成功する。ただし、いつかはその流れも止まります。

藤田 麻雀でも牌をツモっていく中で「あれ? ちょっと(構想とは)違う感じになっているな」と思うことがありますよね。そのときに「初志貫徹」で行くか「捌き手に変えよう」「オリに向かおう」などの判断が生まれてくるのですが、ここも頑固すぎてもだめだし、簡単にへこたれるのもダメ。いつもオリていても勝てないし、無茶にいつも大物手を狙っていても和了れないのと同じです。

水野 自社のビジネスモデルが状況にぴったりとハマっている状況を「ツキが来ている」と考えると、しっくりきますね。それを俯瞰して客観視し、見極める能力が、大局観と言われるものなのかもしれません。 

藤田 不思議なもので、ノッているときは、相手から見て実情以上に無敵に見えていることってありますよね。ツイている人のリーチに立ち向かいづらかったりする記憶は、多くの人にあるでしょう。この「相手からどう見えているか」を認識する能力も、大事だと思います。

――③「相手の捨て牌や表情の分析力」について。よく「ビジネスにおける国際交渉の場で、言葉のニュアンスがわからなくとも顔色の変化には気づける」という話は聞きますね。

水野 不思議なもので、言葉が通じなくとも表情や話すスピードなどで、相手の気持ちはつかめるんですよね。これは自分だけではなく、相手も同じ。状況や相手の変化を掴むことが大切です。これは、時代の流れに沿わないビジネスモデルや、状況の変化に対応していないプロダクトは即刻やめる、ということにも繋がります。

藤田 麻雀でいうならば、イーシャンテン(テンパイの一つ手前)の人は、だいたいツモるときに力んでいますよね(笑)。やはり相手の表情や仕草は、重要なファクターとして取り入れています。麻雀が強い人は自分の牌ではなく、周りの人ばかり見ているイメージです。

水野 ビジネスにおける交渉事では、いろいろな意味で自分たちに有意な条件を引き出さなければいけません。状況が変わるたびに顔色を変えていたら、交渉にならないです(笑)。麻雀で萬子待ちのときに、萬子の別の筋を切られるたびにピクッとしたり、手牌に目を落としたりしているようでは和了れるものも和了れない。全てが終わった後に、全力を尽くしてダメだったことを悔しがることなどはアリですが、あくまでも勝負中はポーカーフェイスでなければ。

藤田 あとはたとえば、根回しが必要ならば根回しするし、接待が必要ならば接待もする。トータル勝負で勝つためには何でもするところも、麻雀に似ていると思います。それこそ学校では「そういうのはズルいからダメ」と教えられがち。学校は、公平さを一番の基軸としている、いわば将棋とか囲碁のような教えが多いんですよ。「ルール違反でない限り、あらゆるモノを使って勝たなきゃいけない」というのも、麻雀から学べることだと思います。

――④「放銃を回避するための忍耐力」について。相手のリーチがかかり、一生懸命育てた手を放棄しなきゃいけない。そんな状況もビジネスでは日常茶飯事かと思います。

水野 藤田さんの麻雀の師匠でもある、桜井章一さんの有名な言葉がありますよね。「麻雀は洗面器に顔を突っ込んで、誰が先に顔を上げるかという競争をしている」という。仕事っていろいろな意味で、8割くらいは「我慢の時間」なんじゃないかと思います(笑)。ビジネスパートナー、交渉相手についてだけでなく、組織の一員としてのさまざまな軋轢なども考えるとね。ちゃんと我慢して耐えきって、いろいろなことを成し遂げていく喜び。それこそがビジネスの本質なんじゃないかと思います。

藤田 「ABEMA」に関しても現在進行形で赤字が続いて、「ダメだ」と言われながらも少しずつ赤字が縮小している。「10年かけて収益化する」と言って立ち上げて、まだ半分ですからね。歯を食いしばって続けて、赤字が出ても慌てない。仕事も実は、楽なこと、楽しいことばかりが続くようでは、長い目で見てうまくいかないことが多いんです。若いころ、私たちと同時期に起業して世間に名を売った同世代の経営者の皆さんの中には、わりと「自分らしく、感情豊かに」突っ走っていた人も多かったのですが、そういう方はだいたい、ビジネスの世界から退場されています。生き残っているのは「歯を食いしばっている人」ですね。

水野 「自分の手に惚れてはいけない」「死んだ手は復活させない」という決断が、必要になるときもあります。未練がましく、撤退、縮小した事業は復活させない、というイメージ。かつてはうまく行きそうだった、ポテンシャルがあると思っていた提携先と長年努力を続けてきたけど、時流もあってこれ以上の伸びしろが感じられない。そんなときにダラダラと続けずに提携を解除する、というのも、ある意味苦しみを伴う「忍耐」だと思います。

藤田 麻雀なら回して回して、稀にうまく行くこともありますが、基本的に死んだ手には現状以上のリスク(投資)はかけられませんよね。麻雀も楽しもうと思ったら、ツイていないのにずっと「倍プッシュ」みたいなことをやるのは気分もいいんです。でも、やっぱり不思議なことに負けちゃうんですよ。以前、私の麻雀を後ろから見ていた社員から「社長の我慢強さに驚く」と言われたことがあります。おかしな話ですよね、歯を食いしばってビジネスをして、そのあとに歯を食いしばって麻雀を打っているんですから(笑)。

水野 ドMな雰囲気が出てしまいますよね(笑)。でも麻雀もビジネスも、楽しくやりたいという気持ち以上に「勝ちたい」という気持ちが強い、ということだと思います。こういう忍耐力は、今の教育ではあまり重要視されなくなっている気がしますね。教育自体が「我慢しなくていいんだよ」みたいな方向に進んでいて、それが実は日本の企業の弱体化にも繋がっている。「今日、明日の努力でビジネスが大成功!」みたいなことは、絶対にない。我慢強く情熱を持って、長くやり続けることが、ビジネスを成功させる大きなファクターであることは間違いありませんからね。

――⑤「勝負的な決断力」について。トップを取るために、切るべき牌は切る。特に勝負どころでは感情ではなく、データをもとに決断する。そんな麻雀における決断力は、どうビジネスと繋がりますか?

水野 経営者には自社の都合や従業員の思い入れではなく、マーケット全体の流れを読みつつ勝負所を探す能力が必要です。麻雀で言えば、自分の手が勝負手か否かの判断力や、トータルで勝つためにリスクの高い牌も切る胆力に繋がります。

藤田 勝負どころを見極めるにはセンスも必要だし、経験や訓練も必要だと思います。やはり忍耐強く、歯を食いしばってずっと状況を見続けてきた人は、勝負所をキッチリ見極め、前へと進む度胸も手に入れていることが多い。やはり「今行かなくてどうする!」という時に行けない社員や「四六時中、ずっと行ってばかりの社員」もいますからね(笑)。

水野 経営者が強い決意を持って挑むプロジェクトや、絶対的に不利な状況でも情熱を持ってやりきる事業は、大きく成長する可能性が高いと思います。ビジネスで勝つためにしなければならない投資や交渉は、一定のサイクルで必ず訪れます。そこで「トップを取るために切るべき牌を切れるか」というのが、経営者に求められる才覚だと。

藤田 そのセンスを磨くような疑似体験も、麻雀でできると思います。痛い目にも遭いながら、何度も経験していくうちに身についていくものでしょう。

構成/奥津圭介 撮影/大嶋千尋